【設定】交差する3人のフライト(主人公たち)
- ① 修平(45歳・会社員):
メーカー勤務の中間管理職。妻と高校生の息子、小学生の娘がいる。企業型DCを長年続けており、昨今の株高で利回り20%を超え、自分の投資判断に自信を持ち始めている。(※メイン視点) - ② 健太(38歳・自営業):
独立したてのフリーランスデザイナー。収入の波が激しく、将来の年金への不安からiDeCoとNISAで「とにかくハイリスク・ハイリターン」な銘柄に全振りし、日々チャートを見ては一喜一憂している。 - ③ 小百合(52歳・公務員):
中学校の教員。退職金(共済)があるため元々は保守的だったが、世間のNISAブームに焦り、よく分からないまま銀行窓口で勧められた株式ファンドを買い、日々の値動きに強いストレスを感じている。
第1章:高度1万メートルの錯覚
第1話:消えた車輪と、夕暮れの珈琲
スマートフォンの画面に表示された「+20.81%」という緑色の数字。
修平は、もう何度目か分からないその画面を眺めながら、密かに口角を上げた。
会社の制度で何気なく始まった企業型DC(確定拠出年金)。毎月20,000円、外国株式のインデックスファンドに積み立ててきただけだが、気がつけば評価額は360万円を超えていた。
「よし、このままいけば老後は安泰だな……」
心の中で小さくガッツポーズをした修平は、冷たい風から逃れるように、路地裏にある小さな喫茶店『ロット』の重い木製ドアを押し開けた。
カラン、と乾いたベルの音が鳴る。
店内は、焙煎された珈琲の深い香りと、かすかに流れるジャズの音に包まれていた。カウンターの奥では、ロマンスグレーの髪を綺麗に撫でつけたマスターが、サイフォンと静かに向き合っている。元々、国際線のパイロットだったという噂の初老の男だ。
「いらっしゃい。……今日は、ずいぶんといい顔をされていますね」
修平がカウンターに腰を下ろすと、マスターは静かなバリトンボイスで微笑んだ。
「分かりますか? 実は、ずっとほったらかしにしてた投資の成績が、ものすごく良くて。なんだか自分に投資の才能があるんじゃないかって、錯覚しそうですよ」
照れ隠しにそう言いながら、修平は手元のスマートフォンをカウンターに置いた。今の自分は、順調に高度を上げる飛行機に乗っている。このまま雲を抜け、輝く太陽に向かって飛んでいけば、不安な老後という目的地にも無事に着けるはずだ。
コトリ。
修平の目の前に、湯気を立てるブレンドコーヒーが置かれた。
「それは素晴らしい。順調に高度を上げているのですね」
マスターは、壁に飾られた古いプロペラ機のモノクロ写真へと視線を移した。
「でも、修平さん。投資を『飛行機』に例えるなら、多くの人が取り返しのつかない勘違いをしていることがあります」
「勘違い、ですか?」
コーヒーカップに伸ばしかけた修平の手が止まる。マスターの瞳は、穏やかだが、どこか深い海の底のように静まり返っていた。
「ええ。皆、離陸して、高度を上げることばかりに夢中になる。どんなエンジンを積み、どのルートを飛べば一番早く、高く飛べるか、そればかりを議論している。……ですが、どんな飛行機も、ずっと空を飛び続けることはできません。いつか必ず、地面に降りる時が来る」
マスターは、カウンターを布巾でゆっくりと拭きながら、修平の目を真っ直ぐに見た。
「高く飛ぶことばかりを考えた結果、自分の飛行機に『着陸用の車輪』がついていないことに、降りる直前になって気づく人があまりにも多いんです。」
「着陸用の……車輪?」
「ええ。修平さん。あなたのその素晴らしい飛行機には、安全に地面に降りるための『車輪』は、ちゃんとついていますか?」
ドクン、と。
修平の心臓が、妙な音を立てた。
スマートフォンの画面で緑色に輝く「+20.81%」の数字が、急に、見知らぬ記号のように感じられた。
車輪。着陸。
投資で増やすことしか考えていなかった修平の頭に、冷たい風が吹き込んだ瞬間だった。
(第2話へ続く)

FPコンパスファイナンシャルプランナー
1981年2月生(うお座)/神奈川県出身/東京造形大学デザイン科卒
1男1女の父/趣味:ランニング(月200km)登山、料理、筋トレ、社会人サッカー所属
印刷会社でデザイナーとして11年勤務。その後ソニー生命で5年、生命保険を取扱う。
2018年妻の病(がん)をきっかけに山形へ。経済的・精神的不安定な時に、頼れるのは国の社会保障と自分の蓄え、そして人のつながりだと痛感。この経験を活かし、困ったときに頼れる、困らない「しくみ」と「保障」を提供し続けます。


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