【設定】交差する3人のフライト(主人公たち)
- ① 修平(45歳・会社員):
メーカー勤務の中間管理職。妻と高校生の息子、小学生の娘がいる。企業型DCを長年続けており、昨今の株高で利回り20%を超え、自分の投資判断に自信を持ち始めている。(※メイン視点) - ② 健太(38歳・自営業):
独立したてのフリーランスデザイナー。収入の波が激しく、将来の年金への不安からiDeCoとNISAで「とにかくハイリスク・ハイリターン」な銘柄に全振りし、日々チャートを見ては一喜一憂している。 - ③ 小百合(52歳・公務員):
中学校の教員。退職金(共済)があるため元々は保守的だったが、世間のNISAブームに焦り、よく分からないまま銀行窓口で勧められた株式ファンドを買い、日々の値動きに強いストレスを感じている。
第1章:高度1万メートルの錯覚
第2話:乱高下する羅針盤と、疲弊するパイロット
「……また下がってる」
カタカタというリズミカルなタイピング音を不意に止め、健太(38歳)は深くため息をついた。
傍らに置かれたスマートフォンの画面には、証券会社のアプリが開かれている。昨日まで力強く右肩上がりだったチャートが、昨晩のアメリカ市場の急落を受けて、無機質なマイナスの数字を叩き出していた。
健太は、独立して5年目になるフリーランスのデザイナーだ。
会社員のような厚生年金も、手厚い退職金もない。「自分の老後は、自分でなんとかするしかない」。その強迫観念に近い焦りから、数年前にiDeCoとNISAを満額で始め、選べる銘柄の中でも最も値動きの激しい、海外のハイテク株を中心としたファンドに全額を突っ込んでいた。
「どうしました? デザインの締め切りでも迫っているんですか?」
ふわりと香ばしい湯気と共に、喫茶店『テイクオフ』のマスターが、深煎りのマンデリンをテーブルに置いた。健太は、息抜きがしたくなるといつも、ノートパソコンを抱えてこの店に逃げ込んでくる。
「いや……株ですよ、マスター。せっかく先週までプラス15%まで育ってたのに、たった一晩で一気に削られました。フリーランスは将来の保証がないから、投資でハイリターンを狙って稼ぐしかないのに……これじゃあ、仕事をしていても気になって仕方ない」
健太は、冷めかけた自分の指先をさすりながら愚痴をこぼした。
相場が良い時は「自分は天才かもしれない」と万能感に包まれるが、ひとたび下落が始まると、まるで自分の全財産が溶けていくような恐怖に襲われる。最近は、夜中に何度も起きては海外の株価をチェックするようになっていた。
マスターはトレイを小脇に抱え、静かに窓の外を見つめた。
秋の深まりを感じさせる風が、街路樹の葉を揺らしている。
「健太さん。あなたは今、小さなプロペラ機で、一人で広大な海の上を飛んでいるようなものです」
「プロペラ機……ですか?」
「ええ。会社員という大きな旅客機に乗っていないあなたは、誰よりも早く、そして高く飛ぼうと、エンジンの出力を最大にして急上昇を続けている。それ自体は、決して間違った判断ではありません」
マスターの穏やかな声が、健太のささくれ立った心に少しだけ染み込んでいく。
「しかし、あなたは乱気流(市場の変動)が来るたびに、恐怖で操縦桿を強く握りしめ、自分の力で機体を立て直そうと必死になっている。……上がっては喜び、下がっては絶望する。それを、毎日、毎晩繰り返している」
「それは……自分の資産なんだから、気にするのは当然じゃないですか」
「ええ、当然です。ですが健太さん、投資というフライトは、数ヶ月や数年で終わるものではありません。ここから20年、30年と続く、途方もなく長い旅です」
マスターは、健太のスマートフォンの画面を指差した。
「そんな風に、目の前の『乱高下する羅針盤』ばかりを睨みつけ、力づくで操縦桿を握り続けていたら……目的地の滑走路が見えるずっと前に、パイロットであるあなた自身の心が、完全に疲弊して壊れてしまいますよ。」
ハッとして、健太は顔を上げた。
確かに最近、本業のデザインに向き合っていても、頭の片隅には常にチャートの赤い数字がチラついている。家族と夕食を食べている時でさえ、心あらずの状態だった。
「投資で一番怖いのは、お金が減ることではありません。お金の増減に心を支配され、人生の『今、この瞬間の時間』を奪われてしまうことです。」
マスターの言葉は、静かだが、鋭く健太の胸を突いた。
「じゃあ……僕はどうすればいいんですか? このままじゃ、老後どころか、今の生活すら楽しめない」
「数日前にも、この店で同じような顔をしているお客さん(修平)がいましたよ」
マスターは、クスリと笑った。
「高く飛ぶことばかりに夢中で、自動で高度を保つ『オートパイロット』の使い方も、安全に降りるための『車輪』の存在も知らないまま、空を飛び続けているパイロットたちが、この国にはあまりにも多すぎる」
コーヒーの黒い水面に、健太の疲れた顔が揺れていた。
自分は、ただお金を増やしたかっただけなのに。安心を手に入れたかっただけなのに。いつの間にか、見えない鎖で操縦席に縛り付けられている。
「……マスター。その『オートパイロット』とか、『車輪』っていうのは……」
健太がすがるような目で問いかけた時、店のドアベルがカラン、と軽快に鳴り響いた。
(第3話へ続く)
第3話の予告(次回展開)
ドアを開けて入ってきたのは、分厚い書類の束を抱えた中学校教員の小百合(52歳)。退職金という「安全な船」に乗っているはずの彼女もまた、世間の投資ブームに煽られ、自分に合わない重すぎる荷物(リスク)を背負ってパニックに陥っていた。
3人の異なる悩みが喫茶店『テイクオフ』で交差した時、マスターが語る「投資における真の防御力」の扉が、ついに開かれる——。

FPコンパスファイナンシャルプランナー
1981年2月生(うお座)/神奈川県出身/東京造形大学デザイン科卒
1男1女の父/趣味:ランニング(月200km)登山、料理、筋トレ、社会人サッカー所属
印刷会社でデザイナーとして11年勤務。その後ソニー生命で5年、生命保険を取扱う。
2018年妻の病(がん)をきっかけに山形へ。経済的・精神的不安定な時に、頼れるのは国の社会保障と自分の蓄え、そして人のつながりだと痛感。この経験を活かし、困ったときに頼れる、困らない「しくみ」と「保障」を提供し続けます。


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