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ショートストーリー「喫茶ロット」第一章 第五話

【設定】交差する3人のフライト(主人公たち)

  • ① 修平(45歳・会社員):
    メーカー勤務の中間管理職。妻と高校生の息子、小学生の娘がいる。企業型DCを長年続けており、昨今の株高で利回り20%を超え、自分の投資判断に自信を持ち始めている。(※メイン視点)
  • ② 健太(38歳・自営業):
    独立したてのフリーランスデザイナー。収入の波が激しく、将来の年金への不安からiDeCoとNISAで「とにかくハイリスク・ハイリターン」な銘柄に全振りし、日々チャートを見ては一喜一憂している。
  • ③ 小百合(52歳・公務員):
    中学校の教員。退職金(共済)があるため元々は保守的だったが、世間のNISAブームに焦り、よく分からないまま銀行窓口で勧められた株式ファンドを買い、日々の値動きに強いストレスを感じている。

第1章:高度1万メートルの錯覚

第5話:緑色の幻影と、本当の嵐の幕開け

「……嘘だろ」

店内の静寂を切り裂いたのは、健太の掠れた声だった。
弾かれたようにスマートフォンを開いた修平も、息を呑んだ。証券会社のアプリはアクセスが殺到しているのか、画面の中央でロード中を示す円がクルクルと回り続けている。

数秒後、ようやく表示された画面を見て、修平は自分の目を疑った。

昨日まで誇らしげに輝いていた「+20.81%」という緑色の数字が消え去り、どぎつい赤色のマイナス表示が目に飛び込んできた。
ニュースアプリのタイムラインには「NYダウ、過去最大の下げ幅」「パニック売り殺到」「サーキットブレーカー発動」という、血の気が引くような見出しが次々と滝のように流れていく。

「マ、マスター……これ……」
小百合が震える手でスマートフォンを握りしめ、泣きそうな顔で顔を上げた。
「私のファンド、たった数十分で、ボーナスで入れたお金の3割が吹き飛んでる……。どうしよう、売ったほうがいいの? 今すぐ解約しないと、全部ゼロになっちゃう!」

「待って、今売ったら大損が確定するだけだ!」
健太が血走った目で画面を睨みつけながら叫んだ。
「掲示板でもインフルエンサーも『狼狽売りはするな』『ここは耐え時だ』って言ってる。嵐が過ぎるのを待つしかない……待てば絶対に戻るはずだ!」

パニックに陥る二人を横目に、修平は必死に自分を落ち着かせようとしていた。
(落ち着け。俺はまだ45歳だ。積立投資はドルコスト平均法だ。下がった時は、同じ5,000円でたくさんの口数が買える『バーゲンセール』なんだから、何も怖がる必要はないはずだ……)

頭では金融のセオリーを理解している。しかし、実際に自分の資産が数十万円単位で目減りしていくのをリアルタイムで見せつけられると、胃の奥を冷たい手で掴まれたような吐き気がした。
緑色の幻影(プラスの数字)がもたらしていた万能感は、一瞬にして恐怖へと変わっていた。

「……皆さん、計器(画面)から目を離しなさい」

凛としたマスターの声が、雨音を切り裂いて響いた。

「嵐の中で、狂った羅針盤を睨み続けても、恐怖が増幅するだけです。今はただ、深く深呼吸をして、操縦桿から手を離しなさい」

その声には、幾度もの修羅場をくぐり抜けてきた本物のパイロットだけが持つ、不思議な鎮静力があった。三人は弾かれたように画面から顔を上げ、荒い息を吐いた。

「修平さん」
マスターの静かな視線が、修平を射抜いた。
「あなたは今、心の中でこう思いませんでしたか?『自分はまだ若いし、積立投資なのだから、下がっても安く買えるチャンスだ。だから待てばいい』と」

図星を突かれ、修平は無言で頷いた。

「その考えは、今のあなたにとっては『正解』です。あなたはまだ高度が高く、燃料(時間)も残っている。機体は大きく揺れますが、このまま積立を続けていれば、いずれ嵐を抜け、再び上昇気流に乗ることができるでしょう」

修平はホッと胸を撫で下ろした。健太と小百合も、少しだけ安堵の表情を見せる。

しかし、マスターの目は笑っていなかった。

「ですが……修平さん。もしあなたが今、『定年退職を翌月に控えた60歳』で、積み上げてきた資産が2,000万円だったとしたら。そして今日、この嵐で一瞬にして1,000万円が吹き飛んだとしたら……。あなたは今日と同じように『安く買えるチャンスだ』『待てばいい』と、自分に言い聞かせることができますか?」

その言葉の重みに、修平は息を止めた。

60歳。毎月の給料という安定した収入が途絶える直前。
そこに襲いかかる、資産の半減。

(いや、無理だ……。5,000円安く買えたところで、失った1,000万円の穴埋めになんて到底ならない。待つといっても、いつ回復する? 65歳か? 70歳か? もし回復しなかったら、俺の老後は……)

想像しただけで、足元が崩れ落ちるような絶望感に襲われた。
積立投資の最強の盾だと思っていた「ドルコスト平均法」が、資産が肥大化し、ゴールが近づいた途端に、何の役にも立たない「紙切れ」に変わる瞬間だった。

「嵐の中で『回復を待つ』という選択は、若者には許されても、着陸態勢に入ったベテランパイロットには絶対に許されない致命的な判断です」

マスターは、カウンターに置かれた古いフライトログ(飛行記録帳)にそっと手を置いた。

「次回は、皆さんと同じように『待てばいい』と信じた結果、着陸直前で人生のすべてを失ってしまった、ある男のフライト記録をお話ししましょう。……投資において『増やすこと』よりも『守り抜くこと』がいかに難しく、そして残酷かを知るために」

窓の外では、雨足がさらに強まり、街の灯りを滲ませていた。
誰も語らない投資の真実を前に、三人の乗客はただ黙って、冷めかけたコーヒーを見つめることしかできなかった。

(第1章・完)


第2章予告

次回から、「第2章:乱気流と、奪われた未来」 です。公開は5月28日(木)を予定しています。

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